ミュージックアーティスト科blog
2005年06月24日 あと1週間!
ついに1週間後に迫った新人発掘イベント「NBD2005」
SNAIL RAMPもやってくるョ☆。新人発掘バンドに対してのコメンテーターはエイベックスエンターテインメント、HMV、M-ON! TV、雑誌WARP編集部の一線で働く方々がラインナップ!。プロの目から見たコメントが楽しみです♪。みなさん、クラブチッタでお待ちしてますよ〜☆
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2005年06月24日 「恋におちたら」CD売り上げ21万枚突破!
昨日ハッピーエンドを迎えたフジテレビ系ドラマ「恋におちたら〜僕の成功の秘密〜」の主題歌、Crystal Kay「恋におちたら」のCD売り上げが6/19付で21万枚を超えました!
何度もこのブログでお伝えしていますが、この曲の作曲は総合ミュージック科OG坂詰美紗子さん。本人もさぞ喜んでいることでしょう!
先日「日本レコード協会」のゴールドディスク認定を受けたこの曲、もう少しで25万枚、プラチナディスク認定なるか!?というところです。
Crystal Kayの代表曲になったとも言われる「恋におちたら」。
いやぁ、すばらしい快挙です!
n-27799347 at 11:32 | この記事のURL | |
2005年06月24日 ギターとキーボードを勉強したい方に
梅雨に入って雨が降ったり降らなかったり中途半端な毎日、みなさまいかがお過ごしでしょうか?今日も気温が30度になるとかならないとか・・・。
さてそれはともかく、今週6月26日(日)はオープンキャンパス最終日としての特別企画・・・
「ギター&キーボードスペシャルレッスン」です!
そしてピアノ・キーボード専攻のあなたにレッスンしてくれるのはRock'n Roll Big Band「THE THRILL」の澄田啓さんを、大好評につき再びお迎えします!エレクトーンやピアノの腕を活かしてミュージシャンになりたい方はぜひ参加を!(写真右)
ヴォーカル・ベース・ドラムレッスン、作編曲体験も同時開催、夏休みに入る前に体験しておいてはいかがでしょう?
今週日曜日、総合ミュージック科でみなさんをお待ちしています^^
風邪が流行っているみたいですが、くれぐれもお体には気をつけてくださいね!
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2005年06月23日 ☆ミュージックラボラトリー☆
今日の実習室レポートはミュージックラボラトリー。キーボードを中心にしたレッスンや楽曲制作
を行う実習室であります。
2大メーカーの最高峰シンセサイザーYAMAHA MOTIF ES8とROLAND Fantom X8がずらっと並んでます。こりゃシンセ好きにはたまりませんよね。ところが、この部屋はキーボードがたくさん並んでいるだけじゃなく、色々なレッスン方法が可能なのです。たとえば、ピアノパートが抜かれている曲を流しながら、みんなで演奏。先生卓にあるセレクターで順番に学生のピアノの音をモニターするなんてレッスンも出来たりします。
来週は開発されたYAMAHA担当者に来てもらって、「MOTIFの使いこなし術」なる講義を開いてもらいます。
を行う実習室であります。
2大メーカーの最高峰シンセサイザーYAMAHA MOTIF ES8とROLAND Fantom X8がずらっと並んでます。こりゃシンセ好きにはたまりませんよね。ところが、この部屋はキーボードがたくさん並んでいるだけじゃなく、色々なレッスン方法が可能なのです。たとえば、ピアノパートが抜かれている曲を流しながら、みんなで演奏。先生卓にあるセレクターで順番に学生のピアノの音をモニターするなんてレッスンも出来たりします。
来週は開発されたYAMAHA担当者に来てもらって、「MOTIFの使いこなし術」なる講義を開いてもらいます。
n-27799347 at 7:12 | この記事のURL | |
2005年06月22日 総合ミュージック科特別連載「プロへの階段」
第1回目「プロになれる人とは」
皆様こんにちは!初登場、音楽系専任科長の松山裕です。今回より音楽のプロを目指す皆様に、「プロへの階段」という題で「どうしたらプロになれるか」をお教えする事にしましょう。
今日の目次:
●プロの音楽家とは何でしょう?
●エルビス・プレスリーとX−JAPANのHIDEの話
紹介が遅れましたが、私はこの4月より日本工学院の音楽系学科の科長として来ました。登場が遅れたのは、忙しかったのか、単にものぐさなのか、どちらかです。とりあえず連載という事で登場しましたので、ちょくちょく登場する事にしましたのでよろしく!
私が何者かという事は、子供の頃ピアノを習ってブラスバンド部に入って生徒会長だったりと清く正しい子供からロックに目覚めてから、音楽しかやる気がなくなり、大学を中退してバンドをやったりしましたが、また真面目に戻って音楽大学に行き、クラシックの作曲を勉強しましたが、「何か違うぞ」とジャズスクールでアドリブやアレンジを習い、プロのミュージッシャン、作曲家として活動しているうちに音楽専門学校や音楽大学の教師になり、気が付いたらここにいる事になりました。今は真面目にプロになる後進に育成に命をかけていますよ!
パソコンで作編曲の教本とか出していますので、興味ある人は買ってください。またミュージックトレード社の「ミュージッシャン」という雑誌に「ポピュラー音楽温故知新の旅」という連載もしておりますので、見てくれたら嬉しいのです。まあ長い前書きで、疲れたのでこの辺で終わりといったら怒られそうですので、そろそろ本題に行きます。
●プロの音楽家とは何でしょう?
プロの音楽家とは人のために音楽を作ったり演奏したりして、ギャラをもらっている人の事です。この人のためという事が大切で、皆さんはきっと音楽で感動した事があると思いますが、今度は自分の音楽で他人を感動させるのです。これは料理の世界も同じで、自分で食べるのが好きから自分が料理をして人においしいと言ってもらうのが嬉しいとなるとプロの料理人になるのです。プロの階段を登るには、まず自分が音楽で感動した経験が必要です。そしてその感動を皆に分けてあげたいと思った時に、あなたはもうプロの階段を登りだしているのです。
☆プロの階段1段目…音楽で感動した経験がある事!
☆プロの階段2段目…人を感動させたい、人のために音楽をやると決心した時!
●エルビス・プレスリーとX−JAPANのHIDEの話
エルビス・プレスリーをもしあなたが知らなかったら、本当に素晴らしいものを知らないまま人生を送る事になります。実は私もプレスリーの歌を聞いてロックとしてはあまりカッコ良くないと思っていました。やはりロックの歌はビートルズのジョン・レノンとかレッド・ツエッペリンのロバート・プラントとかマイケル・ボルトンとか、どちらかというときたない声で迫力のあるヴォーカルとか超高い声とかがカッコ良いと思いますので、何かものたりませんでした。
プレスリーに関しては、彼の生い立ちを紹介しないとなりません。
プレスリーは幼少の頃から黒人の教会に行ってゴスペルを歌っていました。当時のアメリカの人種差別は凄いもので、白人のくせに黒人の教会に行くなどとはとんでもない話でした。まずここでプレスリーは人種差別など考えない人であるという事がわかりますね。その後プレスリーは高校卒業する時に、アルバイトしていたガソリンスタンドに就職が決まっていたのですが、ちょうど母の誕生日を間近にして,自分の得意な歌をレコーディングしてレコード(当時はCDなんてありません)にしてプレゼントしようとアルバイトで貯めた貯金をはたいてレコーディングしました。その時レコーディングを担当したエンジニアが、その歌の素晴らしさに驚いて勝手にレコード会社に録音テープを送った事で彼はデビューする事になりました。
母のため、人のために音楽をプレゼントする気持からデビューする事になった点に注目してください。私の知り合いにも多いのですが「俺は音楽でのし上がるぞ」とか「ライバルなんか蹴落とせ」みたいな人ほど成功していません。
プレスリーの音楽はロックンロールというロックの先駆けとなった音楽ですが、「ロックなんか不良の音楽」という風潮と闘わなければならない時代でした。逆にロックをする以上真面目な人間でなければならないとプレスリーは行動にも気を配り、ファンを大切に全てのファンレターに返事も書きました。
そのファンレターの一つに、ある看護婦から「プレスリー様、私の担当している患者は白血病で、もう何年も持たないと言われている女の子ですが、プレスリー様の大ファンで、病室にポスターを貼って毎日プレスリーの曲を聞いています。どうぞ一度返事を書いていただければ幸いです」という手紙が届きました。プレスリーはそれを読んで即座に、病室にお見舞いに行き、電話会社に連絡してプレスリーの自宅と病室をつなぐホットラインの電話を設置し「いつでも電話していいよ」という様にしました。それから暇があれば必ずお見舞いに行き、プレゼントも沢山贈りました。
ちょうどクリスマスの夜に彼女は息をひきとりましたが、前の日にプレスリーからプレゼントされた大きな熊のぬいぐるみをダッコしたままでした。
この事は絶対に秘密にするようにプレスリーからの強い要望で長い間明らかにされませんでしたが、プレスリーの死後に看護婦の証言から初めてわかった事なのです。
このような素晴らしい事も、アーチストの好感度を上げるための宣伝として使うような、嘘の善行に騙されてはいけません。プレスリーは売名行為ではなく、本当に彼女のためを思って秘密にしたのです。
X−JAPANのHIDEも亡くなってから、白血病の少女と個人的にメールのやりとりをしていたり、自ら骨髄バンクの運動を支援していた事が明らかにされましたが、彼のインタビューで「尊敬するミュージシャンはプレスリー」と言っていた事が音楽的にも尊敬していたのでしょうが、プレスリーを人間として尊敬していた事がわかりますね。
この話を聞けば、プレスリーの声に何か暖かみを感じる訳がわかりますね。だからバラードが良かったのだ…なんて私は思います。そうです!声に性格が出るのですよ。
☆プロの階段3段目…音楽だけではなく、常に人のため、人の気持、人の痛みを考えてあげられる人こそプロの資格があります!
という事は今回はここまで
次回からは、もう少し専門的な音楽の話を交えていきます
それでは!
私が何者かという事は、子供の頃ピアノを習ってブラスバンド部に入って生徒会長だったりと清く正しい子供からロックに目覚めてから、音楽しかやる気がなくなり、大学を中退してバンドをやったりしましたが、また真面目に戻って音楽大学に行き、クラシックの作曲を勉強しましたが、「何か違うぞ」とジャズスクールでアドリブやアレンジを習い、プロのミュージッシャン、作曲家として活動しているうちに音楽専門学校や音楽大学の教師になり、気が付いたらここにいる事になりました。今は真面目にプロになる後進に育成に命をかけていますよ!
パソコンで作編曲の教本とか出していますので、興味ある人は買ってください。またミュージックトレード社の「ミュージッシャン」という雑誌に「ポピュラー音楽温故知新の旅」という連載もしておりますので、見てくれたら嬉しいのです。まあ長い前書きで、疲れたのでこの辺で終わりといったら怒られそうですので、そろそろ本題に行きます。
●プロの音楽家とは何でしょう?
プロの音楽家とは人のために音楽を作ったり演奏したりして、ギャラをもらっている人の事です。この人のためという事が大切で、皆さんはきっと音楽で感動した事があると思いますが、今度は自分の音楽で他人を感動させるのです。これは料理の世界も同じで、自分で食べるのが好きから自分が料理をして人においしいと言ってもらうのが嬉しいとなるとプロの料理人になるのです。プロの階段を登るには、まず自分が音楽で感動した経験が必要です。そしてその感動を皆に分けてあげたいと思った時に、あなたはもうプロの階段を登りだしているのです。
☆プロの階段1段目…音楽で感動した経験がある事!
☆プロの階段2段目…人を感動させたい、人のために音楽をやると決心した時!
●エルビス・プレスリーとX−JAPANのHIDEの話
エルビス・プレスリーをもしあなたが知らなかったら、本当に素晴らしいものを知らないまま人生を送る事になります。実は私もプレスリーの歌を聞いてロックとしてはあまりカッコ良くないと思っていました。やはりロックの歌はビートルズのジョン・レノンとかレッド・ツエッペリンのロバート・プラントとかマイケル・ボルトンとか、どちらかというときたない声で迫力のあるヴォーカルとか超高い声とかがカッコ良いと思いますので、何かものたりませんでした。
プレスリーに関しては、彼の生い立ちを紹介しないとなりません。
プレスリーは幼少の頃から黒人の教会に行ってゴスペルを歌っていました。当時のアメリカの人種差別は凄いもので、白人のくせに黒人の教会に行くなどとはとんでもない話でした。まずここでプレスリーは人種差別など考えない人であるという事がわかりますね。その後プレスリーは高校卒業する時に、アルバイトしていたガソリンスタンドに就職が決まっていたのですが、ちょうど母の誕生日を間近にして,自分の得意な歌をレコーディングしてレコード(当時はCDなんてありません)にしてプレゼントしようとアルバイトで貯めた貯金をはたいてレコーディングしました。その時レコーディングを担当したエンジニアが、その歌の素晴らしさに驚いて勝手にレコード会社に録音テープを送った事で彼はデビューする事になりました。
母のため、人のために音楽をプレゼントする気持からデビューする事になった点に注目してください。私の知り合いにも多いのですが「俺は音楽でのし上がるぞ」とか「ライバルなんか蹴落とせ」みたいな人ほど成功していません。
プレスリーの音楽はロックンロールというロックの先駆けとなった音楽ですが、「ロックなんか不良の音楽」という風潮と闘わなければならない時代でした。逆にロックをする以上真面目な人間でなければならないとプレスリーは行動にも気を配り、ファンを大切に全てのファンレターに返事も書きました。
そのファンレターの一つに、ある看護婦から「プレスリー様、私の担当している患者は白血病で、もう何年も持たないと言われている女の子ですが、プレスリー様の大ファンで、病室にポスターを貼って毎日プレスリーの曲を聞いています。どうぞ一度返事を書いていただければ幸いです」という手紙が届きました。プレスリーはそれを読んで即座に、病室にお見舞いに行き、電話会社に連絡してプレスリーの自宅と病室をつなぐホットラインの電話を設置し「いつでも電話していいよ」という様にしました。それから暇があれば必ずお見舞いに行き、プレゼントも沢山贈りました。
ちょうどクリスマスの夜に彼女は息をひきとりましたが、前の日にプレスリーからプレゼントされた大きな熊のぬいぐるみをダッコしたままでした。
この事は絶対に秘密にするようにプレスリーからの強い要望で長い間明らかにされませんでしたが、プレスリーの死後に看護婦の証言から初めてわかった事なのです。
このような素晴らしい事も、アーチストの好感度を上げるための宣伝として使うような、嘘の善行に騙されてはいけません。プレスリーは売名行為ではなく、本当に彼女のためを思って秘密にしたのです。
X−JAPANのHIDEも亡くなってから、白血病の少女と個人的にメールのやりとりをしていたり、自ら骨髄バンクの運動を支援していた事が明らかにされましたが、彼のインタビューで「尊敬するミュージシャンはプレスリー」と言っていた事が音楽的にも尊敬していたのでしょうが、プレスリーを人間として尊敬していた事がわかりますね。
この話を聞けば、プレスリーの声に何か暖かみを感じる訳がわかりますね。だからバラードが良かったのだ…なんて私は思います。そうです!声に性格が出るのですよ。
☆プロの階段3段目…音楽だけではなく、常に人のため、人の気持、人の痛みを考えてあげられる人こそプロの資格があります!
という事は今回はここまで
次回からは、もう少し専門的な音楽の話を交えていきます
それでは!
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